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2012年10月8日月曜日

2050年の世界


人口ピラミッドシミュレータを見つけました。

http://populationpyramid.net/

国や地域を指定し、年度を選ぶと人口ピラミッドと1950-2100年の人口推移を表示してくれます。
以下の駄文は読まなくても良いので、ぜひシミュレータで遊んでみてほしい。とても興味深いから。


上図は、2050年の中国の人口ピラミッドをシミュレートしたものです。
2015年頃をピークに人口は静かに減少しはじめ、2050年は、13億。この時、世界の人口は93億なので中国人は14%、七人に一人は中国人。驚くべきは、年代別構成比。半分は50歳以上だ。日本や韓国(republic of korea)も同様に壮年と老人の国になっている。明らかに社会保障とか破綻しているでしょうね。

人口ピラミッド・シミュレータを頼りに、2050年の世界を想像してみた。2050年に特に意味はありません。ちょうど数字として切りが良かったからかな。なんとなく政策をこれから切り替えて反映できるかもしれないぎりぎりの線だという気がしただけです。

2050年の世界

世界の人口は、増え続け93億になっている。50億はアジアの人達、まさにアジアの世紀。13億の中国はピークを過ぎ、人口の中心は24億を占める南アジア。インド17億、インドネシア3億は40代を中心に、経済は成熟期を迎えている。世界を見渡すと、人口5億の南アメリカ諸国もピークだ。南アジア、南アメリカが世界の工場と呼ばれている。
中国・タイ・日本・韓国は老化が進んでいる。中国は一部富裕層の海外移民も起きている。旺盛な消費を支えるため、地下資源の輸出が頼りであり、資源確保のため周辺地区への圧力も厳しく、軍拡は止まらない。
意外な事だが、4億の民アメリカの人口構成は大きく崩れておらず、静かに人口の増加を続けている。移民と文化と経済の実験場として、自らに刺激を与え続け、変貌させ続ける若々しさが、アメリカにはあるようだ。
7億のヨーロッパは人口構成こそ一時期の異常さを脱したものの、人口は横ばいを続けている。金融センターとしての地位は、まだこの地に存在するのだろうか。
アフリカ22億の人口は、まだ急激に伸びている。世界の労働力を支えるのは、この地域だ。世界の各地へ若々しい労働力を派遣している。

日本は、かなりハイブリットな状況だ。2010年頃より、恐る恐る続けてきた海外労働者受け入れ施策やバブル当時からの民間努力もあり、ずいぶんと外国人が国内に目立つようになった。まだ労働ビザでの入国が多いが最近は国籍を取得する人達も多くなっている。アメリカ好きの日本は、少しづつアメリカ移民政策を自分流に取り入れてきているようだが、人口構成の劣化の修正には、まだまだ遠い。
世界は主役を交代させながら、グローバル化による摩擦を生み出しながら、2100年の100億に向かって人口を増やし続けている。

随分と想像を逞しくしてみたつもりだけど、やっぱりピンと来ませんね。しかし、人口推定は戦争や大規模な疫病がないかぎり、必ず当たる予測で、様々なマーケティング、経済予測、社会学の基礎になっています。全ての政策の背景が人口推定にあるといても、過言ではない。これからも、何度も何度も見る機会がある、いや使う必要がある重要なシミュレータですよ。

2012年8月26日日曜日

構造が違うよ

ヴェリタス 2012.8.5 記事「英国 EU離脱論が消えないワケ」を読んだ。記事はオリンピック絡みの無理やり感があったのですが、いろいろと気づかされます。

記事要約 「英国 EU離脱論が消えないワケ」ヴェリタス 2012.8.5

EUに加盟しているが、大陸欧州とは独自路線をいく英国。「栄光ある孤立」を実現している根拠を5つ示している。
  1. 大英帝国の名残。プライドが孤立を生む。
  2. EU参加の条件として、ユーロ参加例外など様々な例外(オプトアウト)を獲得している。
  3. 1992年のボンド危機(ボンド暴落)で、世界通貨との連動が外れ、孤立した通貨となった。独自な通貨施策が可能となる。
  4. 英国の成長戦略の核である、金融街シティー。これを守ることが国家施策の最優先事項。
  5. 財政施策、金融施策はEU施策に縛られない迅速かつ独自な路線を実施でき、成功している。

日本と違う

記事のグラフ「英国のGDP産業別構成比」が面白い。いや知らなかった。英国のGDPの三分の一は、金融業により生み出されているとは。製造業は、全く出てこない。日本では、たしか製造業が25%程度で、一番だったと記憶しています。 これでは、日本と英国では政府の経済施策が全く異なってもおかしくない。いや、違うべきだ。マスコミの関心も全く異なるだろう。英国エコノミストと日本経済新聞では、「なんかセンスも論調も違うな、エコノミストは恰好良いな」と漠然と思っていましたが、多分この経済構造のせいですね。汗水垂らし製造ラインで働くイメージを持つ日本のマスコミの経済記事が、プロレタリアっぽい論調になってしまうのは当然ですね。そして、口先三寸の分析で金融マーケットを動かすスーツ姿のマスコミ記事がクールに見えてしまうのですね。(この当たり冗談ですよ)
当然ですが、経済の構造の違いは、必要とする財政政策、金融政策の違いに現れるはずです。他国が成功したからといって、自国で成功するわけがない。超国家による政策協調は、部分最適を生まないのです。最近話題の本 ノーベル賞経済学者ポール・グルーグマン著「さっさと不況を終わらせろ」の指摘が、アメリカには通用しても日本に通用しない。当たり前の理屈を踏まえた、地に足がついた議論が面にでない気がします。

個人も構造が違うよね

「xxxすれば儲かる」見たいな成功のための方法論みたいな本が売れています。「○○が教える幸せの法則」とかも同類。人も、それぞれ(精神や背景、能力、資産など)構造が違うんだし、その本の通りにして成功することは絶対にないでしょう。そのような本は、選びうる施策の一つです。選択出来る可能性のある施策案をたくさん知っておくことは良いことだとは思いますが、無理な真似は失敗しますな。まずは、構造を知ることから。